わが町を守る


秋田市出初式ラグビー場のメインスタンドが見える

秋田市内は、ここ数日の雨で再び道路から雪が消えた。
かつて冬の雨の後は「雨返し」と言って急激な寒波が来たものだが、最近は雨の後でも急激な寒波は来なくなった。

昨日は秋田市の消防出初式だった。私は毎年見に行っている。
消防にあこがれていたからだ。学生時代に、もっと勉強し体力をつけて消防署員になっていれば私の人生は間違いなく大きく変わっていた。
今、この様にブログなんか書いていなかったと思う。私と消防との係わりは幼少のころからだ。父が秋田市中通地区の消防団の幹部だった。今の様に携帯電話もない。火事のサイレンが鳴ると団員同士が連絡し合い、消防小屋へ駆けつけるのだ。当時の地区消防団は今の様な車両ポンプ車ではない。人力で引っ張り、ポンプを動かすのだ。よくポンプのエンジントラブルがあった記憶がある。
当時の大きな火災では、横町通り(大町)の飲食店街で2度の大規模な火災と、今の中通地区の「みずほ銀行」の場所にあった秋田県庁の大火で地区消防団も消火に大活躍した記憶が今も残る。小学校学区ごとに消防団があった気がする。
父は喘息ながら息を切らして自転車で中通小学校脇の消防小屋に仕事を放り投げて向かった。そんな父を見て育ったので火事のサイレンを聞くと私も、いても立ってもいられない性格になった。別に野次馬根性だ訳では無い。いや、野次馬根性が元々強かったかも知れない。
出初式では、秋田市にこんなにも消防車両があるのかとおどろいた。その反面、地域の消防団員の不足と高齢化が気になった。秋田のみならず全国的な傾向の様だ。
消防署員の手だけでは地域の防火活動には限度がある。若い人たちの協力が必要だが難しいらしい。
そんな中で、秋田市以外の災害の際に派遣される特別災害派遣部隊の体制がある事は頼もしい。