第二報道部オフサイド日記

秋田の話題・お祭り・風景・秋田のラグビーの紹介

東京にて

今夕秋田に帰って来た。東京の人たちの防寒衣は雪国秋田と同じ服装だ。秋田からは少し薄着で行ったが、電車に乗ったり歩いたりするとすぐに汗だくになってしまった。同じ寒さでも東京は底冷えが少ない。秋田市は夕方から小雪が降り始め、暗くなった頃に一面真っ白になってしまった。


今日の秋田さきがけ新聞の記事にも載っていたが、昨夜池袋のメトロポリタンホテルでの昭和大学医学部の工藤進英先生の著書 「大腸がんでは死なせない」と、「見えないがんを追う」の発刊記念祝賀会のお手伝いに行ってきた。
約350名の全国の医療関係者がお祝いにかけてつけてくれた。午後7時からの会に3時から準備に入った。
受付のチェック、名札、領収書に発行、記念品、祝電のチェックと、やる事がいっぱいだ。福島の相馬中央病院のスタッフとともにスタンバイだ。
なんたって会場はドクターや大学の教授の方達であふれている。
会の盛況には改めて工藤先生の偉大さを実感した。

工藤先生は同級生や友人を大切にしてくれる人だ。秋田から秋田南中学校や秋田高校の同級、同期生らもかけつけてくれていた。
昭和大学横浜北部病院消化器センターの多くの先生達ともお会いできた。昨年10月の京都での学会以来だ。秋田のクリニックや角館病院に研修に来た顔ぶれもいる。
秋田市出身の外科の田中教授とも親しく話しが出来た。東北大学医学部ラグビー部監督の深谷先生にも宜しくと伝えられた。
田中教授は大腸がん手術のベテランだ。内視鏡検査の工藤先生との息はピッタリだ。

そんな会場へ秋田高校ラグビー部OBの尾形さんが奥さんと友人のご夫妻を連れて、わざわざやって来てくれた。工藤先生には尾形さんを紹介する事が出来た。工藤先生は午後8時過ぎから15分間ほど講演した。講演も聞いてもらえず、ゆっくり話が出来なくて大変申し訳無かったと思っている。それにしても、とてもきれいな奥さんだった。秋田高校ラグビー部OB会の東京在住の皆さん、宜しくお願い致します。


工藤先生のご家族の方達にも3ヶ月ぶりにお会い出来てとてもうれしかった。

そんなところへ朝方6時半に携帯電話に秋田のセコムから電話が入った。昨夜から職場の警報装置が頻繁に警報ベルが鳴るとの事である。しかし、東京にいるのでどうしようも無い。まずはセコムに任せる事にした。秋田の職場では3時間くらい調査の結果、配線の老朽化が原因とわかった。

福島では、東北高校新人ラグビー大会で秋田代表の3校が快進撃をしているようだ。東京にいても秋田の「ラグキチ」たちから勝敗の問い合わせの電話が相次いでくるが、1回戦、2回戦の情報源は「秋田県ラグビーみんなのOBリビング」を携帯サイトで見るしか無かった。つくづく情報のありがたさを実感した。
Ⅰ部では秋田工業、秋田中央が決勝戦進出をし、秋田県同士の対決となった。Ⅱ部でも秋田高校が決勝進出を果たし是非優勝してもらいたい。それにしても部員数が少ないながらも、いつも大会となれば、しっかりと力をつけてくる秋田高校ラグビー部はすばらしい。