ポッキーの日の11月11日の翌日の12日は父の命日。
中学1年生の時に52歳の人生を終えた。56年前のこと。
菊香る、みぞれが降るころだった。
授業中に先生から呼ばれ、父の危篤を知り、家に戻った。
父からみればオジサンは15年以上も長生きしている。
父は、お菓子屋の商売の傍ら、地域の消防団幹部、秋田市の民生委員などをし、消防車のサイレンが響くと、仕事を放り投げて消防小屋にゼイゼイしながら走って行った。
今思えば、父は今のオジサンの様な事をしていた。
犬や猫が大好きだった。
オジサンが子供のころは、よく映画に連れていってもらったり、お花見などへも連れていってもらった。
その間は、母がいつも商売をやりくりしていた。朝、7時ごろには開店し、夜は10時過ぎに閉店。定休日は無く、元旦も営業。
家族で食事をするのは大晦日くらいだった。
父の命日は11月、母の命日が12月、そして兄の命日が1月と、3か月続く。
母の亡くなった時はオジサンが喪主をつとめ、悲しみどころでは無かった。兄が亡くなった時は、母や兄の友人たちがしきってくれ、これも悲しみは無かった。
父の亡くなった時が一番悲しみがこみ上げた。
父は入院生活が長く、姉が病院に付きっきりだった。市立病院に入院しており、当時、建て替えがあり、一般の入院患者は新館に移ったが、父は先が見えていたらしく、古い旧館に取り残された。
葬儀で焼香の時、姉が大声で泣きじゃくった記憶がある。姉が聖霊短大1年生、兄が秋田高校1年生、オジサンが秋田南中学1年。
娘は一般的に家族のだれよりも自分を犠牲にしてまでも親思いだと感じる。たとえ、嫁に行っても・・・・・・。
不幸は、家族以外は、親戚でも意外と心は親身さが薄く感じた。
結婚記念日を忘れても、今でも父、母、兄の命日には忘れずに墓参を欠かさない。
当時飼っていた「コロ」と言う犬が父が亡くなった夕方にやたら吠えた。
家族は、亡くなった父の霊が病院から家に帰って来たんだと。

<当時の愛犬 コロちゃん>