サッチュウ先生の思い出

昨日10月26日は、秋田工業高校ラグビーの偉大なる指導者 サッチュウ先生の愛称で呼ばれた佐藤忠男先生の命日だった。
10年前の平成18年の昨日、食道がんのため76歳で他界された。
秋田工業のラグビーを全国大会優勝・準優勝、国体優勝などの数多くの輝かしい成績を残した指導者で秋田工業の教師、男鹿工業高校教頭、大曲工業校長を歴任し、平成2年に秋田工業校長で定年になり、著書「精魂尽くして颯爽(さっそう)たり」が平成6年に発行された。


秋田工業高校の正門を入ると右側に各科の実習棟が並び、その後ろにラグビーグランドがある。
私の高校時代、この右側は、まるで別世界に感じた。
それだけ、秋田工業のラグビーとは新入生にとって重みと伝統がラグビー部員でない者にとって肌で感じた。部員の姿をみてもそうだった。規律正しく、真っ黒な顔で地味な連中ばかりだった。
我々の秋工時代は監督 佐藤忠男先生、部長 高桑栄一先生,コーチ 伊藤与一先生の時代。
1年生の時は佐藤鉄三郎主将。
佐藤鉄三郎氏には、今でも年に1度ほどお会いする。

<佐藤鉄三郎氏(右)とともに 平成27年9月>

<私と高校時代同期のラグビー部員、現在はラグビー部OB会長の渡辺哲夫氏>
秋田工業高校ラグビー部、10月29日に同じ伝統校同士の秋田高校と花園目指して決勝対決する。