花園の闘将、母校に別れ 盛岡工高ラグビー小笠原総監督

岩手日報より>
28年間にわたり盛岡工高ラグビー部のコーチ、監督を務めた小笠原常雄総監督(57)が4月、福岡工高に異動する。新日鉄釜石のV7戦士は母校再建のため会社を辞めて指導者の道へ。どん底にあった名門を花園に14度導いた。昨秋の県新人を制覇して、釜石シーウェイブスRFCでプレーした教え子の小原義巧(のりよし)監督(33)にバトンを渡し「心残りはあるが、力のあるチームを引き継げてよかった」。熱いハートで古豪復活を果たした闘将は汗と涙がしみ込んだグラウンドに別れを告げた。

 23日の離任式。「盛工は盛工らしくあれ」と全校生徒に呼び掛け、新日鉄釜石ラグビー部の部歌を高らかに独唱した。甲高い声をグラウンドに響かせる花園でも知られた「熱血監督」の目から涙がこぼれた。

 現役時代はナンバー8として日本選手権の4〜6連覇に貢献。29歳だった1988年、母校の実習教諭に転職した。県教委の試験を受ける前に会社に辞表を提出し、退路を断って挑んだ。「盛工をもう一度花園へ」。その一念だった。

 かつて2度全国制覇を遂げた母校は自身が出場した76年度を最後に花園から遠ざかり、県内ではBブロックに陥落するほど長い低迷期にあった。

 95年に監督に就任後は県大会6連覇を含め12度全国高校大会に導き、99年度はベスト8に進出。10人を超える高校日本代表を育て、2人は日本代表に成長した。指導に明け暮れた結果「出世とは無縁」と笑う。それでも「好きな生徒たちとラグビーに打ち込んできたから」と悔いはない。福岡工高では楕円(だえん)球から離れ、中学時代経験した卓球部を指導するという。