私が「大腸がん検診」にはまっている理由(わけ)

私は今、工藤先生に感銘して、お手伝いしているのには、それなりの理由(わけ)がある。
それは私の周囲にあまりにも大腸がんで亡くなった人が多いからだ。
確かに秋田、青森、岩手の北東北3県は全国的にも「がん」が、トップだ。
わかりやすい様に私の周囲での「大腸がん」で亡くなった人をまとめてみた。
①会社の同僚が健康診断で「便潜血反応」が陽性になり再三、精密検査を勧めたが、あれこれ理由をつけて大腸内視鏡検査を行わず、4ヶ月後にようやく内視鏡検査をした時点で,余命1年半程度と診断された。(しかし、本人には告知されず本人は、手術後に完治したと思っていた)50歳の若さで世を去った。
②同じく会社の盛岡支店の同僚が入院後、半年で55歳で亡くなった。彼は秋田工業高校ラグビー部だった。私は盛岡でのIBC杯ラグビーの時、見舞いに行った。その後、亡くなったのを知らされ仏壇に花園からのラグビーボールを捧げた。
③我が家の愛犬「ポチの実家の母さん」の父だ。大仙市の病院で大腸がんで亡くなった。
④私の妻の姉もだ。12年前の5月、食欲が無く体調が悪いと病院に行き、検査の結果「大腸がん」と診断され、2ヶ月後の土崎の港祭りの7月21日に亡くなった。69歳であった。
⑤私の町内会の副会長が、しばらく職場を休み町内会に出てこなかったので、職場の人に聞いてみたら「腸の具合が悪く、休んでいる」と言われた。私は大腸がんと直感した。発見後、1年足らずで60歳の命だった。

この様に、身近に多い大腸がん。もっと早くに定期的に大腸内視鏡検査を受けていれば、みんな助かる命だったのだ。会社の同僚が大腸がんで亡くなってから社員の人間ドック受診と大腸内視鏡検査率が大幅に増えた。
私も十数年前、秋田赤十字病院がまだ中通にある時,人間ドックで大腸内視鏡検査で工藤先生からポリープをとってもらっ事がある。
その後、中通病院や、赤十字病院赤十字病院OBの「ひもり先生」などから検査を受けた。
妻も姉が大腸がんだったので毎年、大腸内視鏡検査を受けている。
そんな中、秋田市のキャッスルホテルに工藤先生が特別顧問の「工藤胃腸内科クリニック(工藤由比院長)」が昨年5月に開業した。開業してすぐに妻が工藤進英先生から検査をしてもらった。
私夫婦で今年、工藤先生から検査してもらったのは言うまでもない。
私の場合は横行結腸が通常より長いそうだ。たるんでいるみたいだ。腸は人間性をあらわしているのかもしれない。


ある縁で、私は工藤先生のお手伝いをするようになった。工藤先生は私を「応援団」と言っている。秋田での工藤先生はいつも「秋田弁」だ。本当に気さくで私の話もよく聞いてくれる。私は職場で健康診断の仕事をしているので、共通の話題も多い。秋田県内での講演には同行もしている。
工藤先生は過去、13万件以上にのぼる大腸内視鏡検査をしている。横浜の昭和大学北部病院で工藤先生から検査を受けるとすれば予約が半年待ちだ。秋田のクリニックでは半月から1ヶ月程度で検査予約ができるメリットがある。
世界の大腸内視鏡カメラは全て日本製だ。日本の大腸内視鏡検査は進んでいるが、まだまだだ。
工藤先生は10日からイランに大腸内視鏡検査の指導に行く。

40歳過ぎたら「がん年齢」。自覚症状が無い「がん」も多い。健康なうちに「がん検診」を勧めたい。